繊細さんです

HSPのこと、引きこもりのこと、不思議な体験などなど

引きこもっている時に良い影響だったこと

20歳の時に甥が生まれた後、半年ほど一緒に暮らしました

 

それまでは子どもが苦手でどう接してよいかわかりませんでしたが

血が繋がっているからでしょうか

とてもとても可愛くてこの子のためなら何でもしてやりたいと思いました

 

親ではなく叔母の立場では気楽に可愛がれるところもあったのでしょうが

子どもはその場にいるだけでまわりに幸せなエネルギーを与えてくれることを実感しました

 

そして想像通り私の両親が孫の世話を積極的にすることはなく

私が子育てのサポートをするようになりました

しかしやり過ぎてストレスで一時期不整脈が出るようになってしまいました

 

与えすぎて自分のことがおざなりになっていたようです

与える喜びはもちろんありますが行き過ぎて承認欲求を満たそうとしていたのかなと

 

振り返ると自分の子どもの時にしてほしかったことを甥や姪にしていたんだと思います

 

 

毒親の父は発達障害だと気づいた

最近やっと気づきました

 

私の父は発達障害だと

 

知能にも問題があると思います

 

幼い頃からずっと 父とは意思の疎通がうまくいかないと感じていました

昔から子どもにあまり関心を持たない人で

家族に対して愛情を持っていないんじゃないかと思う言動が多々ありました

 

自営業にこだわり何度も仕事を変えたので収入は不安定

子どもの教育費どころか家族の生活費も足りないのに

欲しいものは我慢できずに買うのでかなり貧しい生活でした

 

そういう家庭生活は母も娘たちも大きなストレスを抱えることになり

皆、心身を病むほどのものでした

 

父がどれだけたくさんの人を傷つけてきたか

いつか本人にもわかる時が来るだろうと思っていました

 

しかし末期がんになり 余命いくばくもない体になっても

自身の病状を受け入れず 周囲を振り回す姿を見て

そこで初めて 本当に理解できないんだ ということに気づきました

 

わがままなのは甘やかされて育ったからだと思っていたのですが

話が通じないのは話を理解することができないからで

父の頭の中で考えられる範囲が とても浅くまた偏りがあり

私から見たらとてもいびつな小さい世界の中で生きているんだなと

 

これが父の言動に対して 私の中で一番合点がいった結論でした

 

もう子どもの頃から父に父親らしさなど期待していませんでしたが

この事に気づいてから

父の言動に対して 腹の底から憎いと思うことがなくなりました

 

 

 

 

医療に頼らないということとは

「医療に頼らないということは、どんなに苦しくても死にそうでも救急車も呼ばないということですよ。わかっていますか?」

 

母が末期の癌で倒れて入院した病院で 主治医の先生から言われた言葉です

 

私の両親は医療を拒否する宗教の熱心な信者だったので

母は体に異常が出て日常生活がまともに送れなくなっても

病院に行きませんでした

 

ある日いきなり倒れて救急車で運ばれ

ようやく末期の癌であることがわかったのですが

もう癌の治療のためにできることはなく

あとは緩和ケアのみという状態でした

 

癌は脳にも転移していました

そのため母は言葉があまり出てこなくなっていき

だんだんと会話もしにくくなりお互いもどかしさを感じていました

 

そんなおりに主治医の先生から脳の腫瘍に放射線を当てる

ガンマナイフの治療を提案されました

 

転移した腫瘍を小さくしても

また大きくなることはわかりきったことですが

残された短い時間の中で

母が少しでも意思の疎通ができるようになることは

とても有意義なことだと私は思いました

 

娘たちは本人が望めばガンマナイフを受けることに賛成でしたが

想像通り父は大反対で

ガンマナイフでたくさんの人が死んでいるという根拠のない話をどこからか聞き

どれだけ危険か、医者は何かあったら全て責任を取ってくれるのかと言い出しました

 

父は自分が理解したくないことは全く受け入れません

陰謀論で囁かれるあり得ない言説ばかり受け入れ

信仰で奇跡が起こって救われると信じることが

父には都合が良く心地良いものでした

 

父を説得するのは初めから無理なことだとわかっていました

 

母が父の言いなりにならず本人の意思が尊重されるには

どうしたらいいかと悩んでいたので

主治医の先生に相談したところ言われたことが冒頭の言葉です

 

医療に頼らないといことがどんなことなのか

この言葉を言われるまで私はちゃんと理解をしていませんでした

 

それなのに死ぬほど苦しい目に遭ったら救急車で運んでもらったらいい

という考えが頭の片隅にありました

 

健康で元気な時はいいでしょうが

いざ病気になった後でも医療に頼らないなどと 言えるわけがありません

 

最終的には医療を頼ることになるのです

でも早期なら助かることが発見が遅かったために助からない

助かっても治るまでに時間がかかったり

予後が思わしくなかったり

 

よくわかっていませんでした 覚悟のない考えでした

 

父も母も自分達の信仰の先にあるものがどのような結果になるのか

深く考えてこなかったですし

考えても奇跡が起こって助かるとしか考えていませんでした

 

母はガンマナイフを提案されて

聞いたことのない治療に得体の知れない恐怖を持ったようですが

昔、よく知った信者さんが脳腫瘍の治療をして元気に回復したことを覚えていて

それがガンマナイフだったと知り すぐに受けることを決めました

 

父が止めるよう説得する隙はありませんでした

 

ガンマナイフを受けたあと 腫瘍は小さくなり

リハビリを受けて母はスムーズに言葉が出るようになりました

 

会話が普通にできるようになって

母は術前にそんなに言葉が出なくなっていたことが自分でわからなかったそうで

ガンマナイフを受けて本当に良かったと言っていました

 

急にキャンセルが出てガンマナイフを早く受けることができたことと

最後までちゃんと意思の疎通ができたことが 奇跡なんじゃないかと思います

天から落ちてきた人

私には”天から落ちてきた人”と呼んでいる歳の離れた友人がいます

 

変わった人で、ありとあらゆる精神世界の本を若い時から読み漁っていて

一眼見ただけで人の人間性を見抜いてしまうという特技を持っています

 

そしてとにかく無償の奉仕を他人にしていないと生きられない人です

困っている人がいると手助けせずにはいられないのですが

おかしな人からも頼られて自分が困ってしまう状況になることもしばしば

 

友人は社会に適応する気もなければ お金にも執着しません

 

天使のような人なので私はふざけて

「天から落っこちてきたんでしょう」と言っています

 

そんな友人は私に対してもまったく見返りのない行いというものを

目の前で見せてくれて体験させてくれました

 

すべて親の都合に合わせることが当たり前だという親子関係で育ち

子どもである自分の意見などあるとすら思わされなかったのですが

 

その友人は知り合った頃 私の話を延々と聞いてくれて

言葉にならない感情を的確に表してくれました

 

このことで私はずいぶん気持ちを整理することができ

自分を取り戻すことができました

 

親との間で経験しなかった無条件で気持ちを認めてくれる

ということが必要だったんだと思います

 

乾いた心に水を与えてくれたような経験でした

「いじめ」という言葉がしっくりしません

私は「いじめ」という言葉がしっくりしません

人権侵害という言葉ならまあまあしっくりします

 

いじめの内容によっては傷害事件でしょうが

いじめという言葉になるとよくあることとして片付けられることに

納得できないからです

 

私には2人の姉がいますが 子どもの頃けっこう怖くて

お世辞にも優しい姉とは感じませんでした

言葉と態度がきつくて私はいつもビクビクしていました

 

中学生ぐらいになると少しは対抗できるようになりましたが

家の中で自分の心がとても傷ついて荒んでいるのがわかりました

HSPの気質から余計に深く傷つきやすかったんだと思います

 

母は幼い私が姉2人にいじめられているのは気づいていたけれど

社会に出たらいじめなんてよくあることだから

そのくらい自分で跳ね除けて強くなればいいと思って放っておいた

と大きくなってから言われました

 

母のその考えには全く同意できませんし 納得もしていません

 

社会にいじめがあるからといって

いじめが許されているわけではありませんから

 

辛く苦しい経験をしたら人は強くなれると思っている人が多いと思います

わざわざ自分を苦労する方へ進んだり

両親のように我が子に度が過ぎた苦労をかけても正当化したり

 

でも不条理な経験をするとたいてい人は心を閉じてしまいますし

嫌な目にあったのに良い経験をしたなどと素直に思う人など

ほとんどいないでしょう

 

私は姉2人が結婚して家を出たあと

何とも言えない解放感を生まれて初めて家の中で感じました

困難なことには1人で正面から立ち向かわない

父が癌になったのでこれから介護や経済面や色々と考えなければいけないことがたくさんあります

 

でも私はこの問題に1人で正面から立ち向かわないと決めました

 

起こってもいない問題には悩むのをやめようと思ったのです

 

そう決めないと私は何でも1人で背負ってしまう性分で

しかも何故か問題が起こったのは自分のせいだと思ってしまうからです

 

私は引きこもっていた20代の頃に祖父母の介護をしていました

 

外で働かずに家にいたので当然のように私が世話をするようになりました

もちろん両親も妹も家にはいましたが

だいたい8割くらいは私が世話をしていました

両親が自ら進んで世話をする人たちではないことはよくわかっていました

 

私の姉妹は全員口を揃えて祖父母が育ててくれたと言っています

 

日常の世話はもちろんですが 守ってくれて可愛がってくれた祖父母に

とにかく後で後悔が残らないようにという思いで介護をしていました

 

でもいくら大好きな家族でもいざ介護となると大変でした

 

一番きつかったのは睡眠不足です

祖母は少し痴呆になって昼夜関係なくなってしまったので

夜遅くまで祖母に付き合って起きていて 

やっと眠ったと思ったら叩き起こされるという日常を送っていました

 

両親も祖母が夜中に騒いでいた声は聞こえていたはずですが

母が夜中に起きて祖母の世話をすることは全くなく

父と妹が幾度か起きて世話をしていましたが

たいていは私が相手をしていました

 

どんな健康な人でも睡眠不足が続くと体も精神状態もおかしくなります

 

私も体調も悪くなりましたし いつもイライラするようになりました

でも祖母に対してよりも親に対してイラついていました

父は祖母に怒るだけで 母は日中祖母の声が聞こえない部屋に逃げていましたから

 

今思えばあんなに1人で背負わなくてもよかったと思います

 

母が亡くなった後、まるで全て1人で介護をしていたように

「とても介護が大変だった」と周囲によく言っていたことを知りました

母は周りから同情されたい、褒められたい人でしたから

驚きはしませんでしたが 悔しく思わなかったわけではありません

 

でも悔しいのは介護をしたことではなく

母の我が身可愛さからくる自分本位な発言を知ったからだと気づいたら

何となく気持ちが収まりました

 

最近やっとヤングケアラーという問題が取り上げられるようになりましたが

若いうちから自分の人生を自分のために使えない人がいます

 

介護が終わったら自由になるのではありません

その後の生活の基盤を一から築くことがどれほど難しいか

何もかも自己責任で終わらせてほしくありません

 

「病気は神様からのプレゼントだよ」の意味がわかった出来事

YouTubeチャンネル「神様が見える子供たち」のトキくんが言っていた「病気は神様からのプレゼントだよ」の意味がよくわかった出来事がありました

 

父が癌になりました

かなり進んで転移もしていました

 

私の父は医療を否定する宗教の熱心な信者です 病院に行くことも稀です

体も丈夫で健康診断などに行った姿も見たことがありません

 

なので今回も症状があってもすぐには病院には行かなかったそうで

神様から守られている自分がまさか癌になるとは思っていなかったようです

 

昔に比べたらかなり痩せてきていたことは気づいていましたが

歳をとったからだろうと思っていました

母が亡くなってから3人それぞれ自分の食事は自分で用意していましたから

父が何をどれだけ食べているかもよく知りませんでした

 

痩せて体力が弱くなった父から 私と妹に食事作りを頼まれました

 

私はジャンクフードや出来合いの食べ物は体が受け付けないので毎日自炊しています

料理は苦にならないし健康オタクなところもあります

 

でも妹は私と反対で偏食気味で料理は不得意です

母が亡くなって自分で食事を用意しなければならなくなっても

インスタントや冷凍食品が多く1から作ることは滅多にありませんでした

かなり偏った食生活でした

 

そんな生活は体に良いわけがなく 妹は体も精神状態もだんだんと悪くなっていきました

とうとうフルタイムで働くことが難しくなるほど状態が悪くなっても

それでも食生活を変えませんでした

自分の健康状態は自分次第だと頭ではわかっているけれど できないというだけでした

 

末っ子の性格もあるのかもしれません

誰かがやってくれるという責任感のなさも私は感じていました

 

このままでは妹の人生は良くならないと思った私は 父の食事作りを妹に頼みました

 

自ら進んで動いてこなかった妹に 自分で気づいて考えて変わって欲しかったのです

(実は何年も前に父には提案していたことでしたがうまくいきませんでした)

 

冷たいかもしれませんが これが父にも妹にも一番良い選択だと思いました

 

父の病気は妹が立ち直るきっかけになり得て

父にはやっと娘を一人前にする親としての役目ができる神様からのプレゼントだと

 

他にも理由があります

 

妹が今までしてこなかったことをいきなりできるようにはならないので

手伝おうとするのですが そうすると途端に私の体が動かなくなるのです

 

急に顔の左半分が麻痺したように力が入らなくなったり

頭にズキっと痛みが走ったり

偶然にしてはおかしいくらいに手が出せないのです

 

終いには旅行前に酢の物でも作り置きしておこうかと屈んで冷蔵庫から大根を取ろうとしたら ぎっくり腰になってしましました

 

もうこれは私は手を出すなというメッセージだと思いました

父と妹を見守ることが私の役目のようです

 

でも今回のことは私の中にたくさんの変化がありました

 

過去のことでとても父を恨んでいたのですが

ずっと生活は親に守られていたことを素直に認めることができ 父に直接感謝を伝えました

過去は過去のこととして気にならなくなる日が来るとは思いもしませんでした

 

普通の親子関係で育った人には理解できないかもしれませんが

親を信頼できずに育つと親として見ることができないのです

相手を受け入れることも理解することも難しくなったのですが

それは結局自分の人生を苦しめることになりました

 

他にも 人生は有限だと改めて思いました

生きている時にできることは限られている、私は何を成し遂げたいかと考えた時

家庭を持ちたいと強く思いました

最近は推し活に忙しく 婚活はおざなりになっていたので

これも神様が気づかせてくれたプレゼントだと思っています